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本郷中央教会の外観写真

お知らせ

2020年11月15日 教会学校礼拝 11月聖書解説

抜粋引用元:『季刊 教師の友 2020年1011,12月』日本キリスト教団出版局

11月 1日 創世記 6章:15節~22節

 神さまは、世界を創って「良し」とされた世界を治めるために人間を創造されたのでした。しかし、人間はそのつとめをはたさず、世界を破滅に追い込んでしまったのです。そこで神さまは大洪水によってもう1度新しくしようとされたのでした。そして「二度と洪水で世界を滅ぼさない」と約束し、空の虹をそのしるしとして示したのでした。

 神さまがノアに、これからするべきことを詳しく告げました。1アンマは約45センチです。イメージしてみてください。 ところで、聖書をよく読むと、ノアは洪水がおさまるまで一言も発していません。「何とかしてください。救ってください。」と訴えもしない、「どうしたら救われるのでしょう。」とも尋ねませんでした。裁きも救いも、最初から最後までただ神さまのものでした。

 神さまがノアに造らせた箱舟が、世界のやり直しの出発点となりました。今、人々が集まる礼拝の場所は、神殿ではなく教会です。教会は新しい箱舟と言ってよいのではないでしょうか。神さまは、この世界がまちがったほうへ向かっている時、それをやり直すように導かれます。厳しく辛いかもしれませんが、その導きに従う時、新しく生きることができるようになるのです。

『人間が悪いことばかりするので、神さまは「しかたがない、残念だが世界を造り直そう。一度全部なくそう。でも良いものだけは残しておこう」と、ノアを選び「ノアよく聞きなさい、洪水を起こすから、大きな箱のような舟を造りなさい。」。それは40階建ての高いビルを横にしたほどの大きさの舟です。船ができあがると、ノアは家族と世界中の動物を二匹ずつ舟に乗せました。すると雨が降り出しました。雨はだんだん強くなって洪水になり、何もかも流してしまいました。船に乗ったノアと家族と動物たちは生き残りました。ここから新しい世界が始まったのです。』

 今日はこんなお祈りを…『天のお父さま、世界で恐ろしい災害や戦争が起こっても、あなたはわたしたちを助けえることができる方です。助けられた私たちが、あなたの望むように生きる事が出来ますように。このお祈りをイエスさまのお名前を通してお捧げいたします。アーメン』

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11月 8日 創世記 11章:1節~9節

 ダビデ王家をいただきユダ王国が滅亡し、生き延びた人々は捕虜として100キロ以上旅して、メソポタミアのバビロン王国に入ります。天然アスファルトで固めた頑丈な巨大な高層の建物は、バビロンの神々をまつるためのものでした。10章で、ノアの子孫が「それぞれの地に、その言葉、氏族、民族に従って住むようになった」(5節)と記され、人類がこのように分かれて各地に住むのが神のみこころだったとすれば、「1つの民で、皆で同じ言葉を話している」状態、全地をまとめようとする企ては、神の御心ではない、ということになります。

 けれどそんなバビロンの企ては神さまからみればほんのちっぽけなものでした、天からはるばる「降ってきて」ようやく塔のあるこの町を見つけたというのですから。神さまは、この愚かな企てを失敗させ、多くの言葉の、多くの民族がそれぞれの地に住む世界をもたらします。そこに、バビロンに捕らわれてきた人々の希望でもありました。

 世界ではグローバル化が進み、世界中で「有名になろう」と競い合っています。けれど、これまでの暮らしを失い、深い悲しみと痛みを抱え、絶望と貧困におののいている人々がいるのです。「一つの民、一つの言葉」を目指すことがはたしてわたしたちの道なのかどうか、聖書はあらためて問いかけています。

『人間や動物を造った神さまは、人や動物にそれぞれ特別なものをくださいました。馬などには早く走る足、ライオンなどには強い歯、そして人間には賢い頭をくださいました。

 人間はその賢い頭を使って欲しいものを作りました。レンガを焼いて丈夫な家をつくれるようになり、「天国まで届く高い塔をたてよう。有名になって世界の王になれるぞ、神さまにだってなれるぞ、神さまにだってなれるぞ。世界はわたしたちのものになるのだ。」と考えたのです。

 でも高い塔は神さまを怒らせました。神さまが人間に賢い頭をくださったのは、そんなことのためではありません。みんなで一緒に生きるためです。そこで神さまは、この塔を壊してしまったのです。

 今日はこんなお祈りを…『天のお父さま、世界のそれぞれの地で、たくさんの人が、それぞれの言葉を使い、それぞれの暮らしをしています。それぞれの生き方が大切にされ、守られますように。このお祈りをイエスさまのお名前を通してお捧げいたします。アーメン』

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11月 15日 創世記 12章:2節~3節

 アブラム(のちのアブラハム)は、父や家族と共にハランに住んでいましたが、神さまのことばを聞き、そこから旅立って行くことになります。アブラムに「あなたを大いなる国民にし」(2節)と約束します。「子孫が一つの民族となって繁栄する」という意味です。呼びかけはアブラムの家族や子孫が含まれるのです。これまでの暮らしを離れることは勇気がいります。アブラムは神さまから「しあわせになるために、(あなたの子孫が繁栄して世界中の人々に)しあわせをもたらすために」と、使命と目的を与えられて決心して長い旅に出発しました。

人生に悩み苦しみ、「自分なんか、しあわせになれるはずがない」と沈むことがあるかもしれません。そんな時、「あなたを祝福し、あなたをしあわせにする」という神様の語りかけを聞くことができたら、人生の歩みを前へ進める力が与えられるでしょう。

一方、「しあわせをもたらすため」という使命はどうでしょうか。ただの喜びとはまた違った、なにか厳粛なものを感じます。人の人生を用いて誰かを幸せにするのは、その人自身ではなく神さまです。その人が知らないところで、誰かが幸せになるのです。自分の人生には、自分もまだ知らない価値や意味があるということなのです。

また、もし、あなたが人生で祝福をいただくとすれば、それは、神さまに用いられた他の人がもたらしてくれる幸せなのかもしれません。だれよりも神に祝福された御子イエスさまによって、私たちは「祝福に入る」のです。

『アブラムという人がいました。ハランという所で幸せに暮らしていました。ある日、神さまがアブラムさんに言いました。「アブラム、わたしが行きなさいという所に、引っ越しなさい。」。知らない所へ引っ越すのは心配です。どんな人がいるか、水や、羊が食べる草がたくさんあるか、いろいろなことが心配になります。

神さまはアブラムさんに言いました、『わたしはあなたをしあわせにする。あなたの家族もみんなもしあわせにする。そして、あなたを守る。』。それで神さまを信じていたアブラムさんは、神さまに、行きなさいと言われた所に引っ越すことにしたのです。

 今日はこんなお祈りを…『天のお父さま、あなたの声を聞かせてください。祝福を信じて自分の旅を行く勇気が与えられますように。このお祈りをイエスさまのお名前を通してお捧げいたします。アーメン』

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 11月 22日 イザヤ書 53章:4節~6節

 旧約聖書の後半には「預言書」と呼ばれる書物が並んでいます。語った預言者自身の時代だけでなく、後の時代に至るまで「神のことば」として力を発揮してきたのです。中でも、新約聖書の時代の人々も、イザヤ書に導かれて信仰の歴史を形作ってきたのです。

 ユダ王国は滅ぼされ、人々はバビロンに連行され数十年も不自由な生活を強いられましたが、バビロンが滅び、ユダの人々もエルサレムに帰る希望が芽生えました。この時語られた預言の中に、「主の僕」と呼ばれる人物が登場します。この人物は、神に選ばれて静かにそのつとめを担いますが、その働きは報いられず、ひどい屈辱も受けます。ついには人々の身代わりとなって死んでいくのですが、人々はそれを理解しません。しかしこの人物は、それを自分の使命として受け止めるのです。これは誰のことなのでしょう。

 数百年後…、あんなにも人々を愛したイエスさまが、人々によって十字架で殺されるというショッキングなできごとを経験した弟子たちは、「あのイザヤ書に記された『主の僕』とは、まさしくイエスさまのことだったのだ」と気が付きました。

 けれどもイエスは世界のだれもが憧れるようなヒーローとして現れたのではなく、厩で生まれ、大工の子として育ち、人々を教え導きながらも最後にはあっけなく殺されてしまった人物です。世の多くの人々は軽蔑し、無視しました。しかし、この方こそ、神が選んでその霊を注いだ方であり、この方が人々の罪を負って死んだために、人々は命を与えられることとなったのです。今もこの世界のどこかで同じように働いている人々の中に神さまの僕がいるのではないでしょうか。

『神さまってとてもやさしい方だね。わたしたちのことを大切ににして、食べ物も着る物も、住む処もみんな用意してくださるね。だから、神さまに感謝しなくてはいけないね。ではみんなで言ってみましょう。「神さま、いつもたくさんのお恵みをありがとうございます。」

 こんなに神さまはわたしたち人間を愛してくださっているのに、人間は神さまとの約束を守ることができません。いろいろな悪いことをしてしまいます。神さまは人間を愛しているので、人間が悪いことをするととても悲しみます。このままでは人間は本当にダメになってしまう。滅びてしまう。愛する人間をどうすれば救いだせるだろう。

 神さまは決心しました。「人間を救うにはもうこれしかない。わたしの大切な子どもを地球に送り出そう」。こうしてイエスさまが来て下さったのです。』

 今日はこんなお祈りを…『天のお父さま、人々が生きるために、苦しみを負っている人たちがいます。でも、イエスさまもいっしょだということを、知ることができますようにこのお祈りをイエスさまのお名前を通してお捧げいたします。アーメン』

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 11月 29日 イザヤ書 2章:1節~5節

 紀元前八世紀、同じイスラエル民族が建てた隣国イスラエル王国は強大なアッシリア帝国にすでに滅ぼされ、かろうじて残ったユダ王国にも、いつまたアッシリアが襲い掛かってくるかわかりません。ユダ王国は、都エルサレムの守りを固めたり、アッシリアに対抗する諸国と手を結んだりと、対策に必死です。その中で預言者イザヤは、神さまへの信頼に立ち返ることを訴えたのでした。イザヤは、苦難に陥った今こそ、ユダの民は「主の道」「主の教え」を自分のものとするのだと呼びかけ、そして今自分たちに示されている「主の道」「主の教え」こそ、いつの日にか世界の民を導く希望となると告げたのです。

 4節「剣を打ち直して鋤(すき)とし、槍を打ち直して鎌とする」という有名な言葉があります。このことばは、ニューヨークの国連本部前の「イザヤの壁」に掲げられ、戦争からの復興と平和をめざす国連の理想を示しています。これはヨエル書4章10節「鋤を剣に、鎌を槍に打ち直せ」をイザヤがひっくり返して、力で争うことを捨て、戦いによらない道をたどることこそ主の道、主の教えであることを示したのです。そのような道を行くことこそ「主の光の中を歩」(5節)むことになるのです。

 イザヤの時代から何百年か後、神さまは確かに、イエス・キリストによって、愛によって共に歩む道が示されました。

『わたしたち人間を造った神さまは、特別に愛して、大切にしてくださいました。ところが人間はたくさん悪いことをするようになりました。たくさんの人が傷つきます。人々は「神さま、わたしたちはこんなに苦しんでいます。助けてください。」とお祈りしました。

 その声を聞いた神さまはイザヤという人に言いました。苦しんでいる人たちにわたしの言葉を伝えなさい。「わたしは、あなたがたの苦しみを知っている。わたしは必ず助けに行く。みんな、わたしの言うことに従いなさい。そうすれば、あなたがたの所に平和が来る。明るい光の中を歩きなさい。と。

 今日はこんなお祈りを…『天のお父さま、争いや戦いの絶えない世界に、イエスさまによって主の道が示され、みんなでその道を歩むように導かれますように。このお祈りをイエスさまのお名前を通してお捧げいたします。アーメン』

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